LNG運搬船の建造能力分析と日本の造船復権の課題

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IR気象台編集部テーマ株分析

日本海事新聞の報道(LNG運搬船の国内建造再開、造船WG)を起点に、世界のLNG運搬船建造能力、 日本の造船業が直面する課題、主要海運会社の発注動向、関連銘柄・業界を整理したニュース分析。

体裁 :報道・ニュースを起点とした関連銘柄・業界の整理(銘柄の売買推奨ではありません)

背景:なぜ今LNG運搬船が注目されるのか

日本海事新聞の報道(2026年3月23日)

日本海事新聞は2026年3月23日付の記事で、日本国内でのLNG運搬船の建造再開について「造船サイドは慎重」と報じた。同日には第2回造船ワーキンググループ(WG)の開催も報じられ、LNG運搬船建造に対する国の支援が議論されている。

経済安全保障上の緊急性

要因内容
LNG輸入依存度日本はLNGの 98%を輸入 に依存
中東情勢イラン・イスラエル間の軍事衝突が激化し、ホルムズ海峡の封鎖リスクが上昇
調達先の変化米国産シェールガスの輸入拡大に伴い、LNG運搬船の需要が増加
船舶の安全保障LNG運搬船を自国で建造できないことは、エネルギー輸送を他国に依存することを意味する

造船能力倍増目標

日本政府は2035年までに国内の年間建造能力(外航貨物船)を現在の約900万総トンから 1,800万総トン(2倍) に引き上げる目標を設定。官民で 1兆円規模 の投資を計画している。LNG運搬船の国内建造再開はこの目標の柱の一つと位置づけられている。

世界のLNG運搬船建造能力

市場全体の概況

2025〜2026年時点で、世界のLNG運搬船の受注残は 400隻超 (既存船隊約850隻の47%相当)と過去最高水準にある。

建造可能な造船所の一覧

LNG運搬船(14万m³級以上の大型船)を建造できる造船所は世界でも限られている。

韓国(世界シェア約70〜75%)

造船所親会社上場市場年間建造能力(LNG船)特徴
HD現代三湖重工業HD現代グループKRX: 329180(親会社HD現代重工業)約10〜12隻/年カタールエナジー最大のパートナー。90隻超を受注
サムスン重工業サムスングループKRX: 010140約8〜10隻/年メンブレン型で高い技術力。カタール向け15隻
韓華オーシャン韓華グループKRX: 042660約8〜10隻/年旧大宇造船海洋。巨済島に大型ドック

韓国3社合計で年間約30隻前後の建造能力を持ち、2025年の大型LNG船受注37隻のうち 34隻(92%) を獲得。

中国(世界シェア約25〜30%)

造船所親会社年間建造能力(LNG船)特徴
滬東中華造船中国船舶集団(CSSC)約6〜8隻/年中国唯一の大型LNG船建造実績。累計100隻超の受注
江南造船中国船舶集団(CSSC)約2〜4隻/年(立ち上げ中)2026年1月に17.5万m³型2隻を初受注
恒力重工恒力集団参入準備中GTTとライセンス契約締結(2025年)

中国勢は価格競争力で急速にシェアを拡大中。第五世代「長恒」系列船で国産化率80%超を達成。

日本(現在の建造能力:ゼロ)

造船所過去の実績最後の引き渡し現状
三菱重工業 長崎造船所独自の独立球形タンク方式「サヤリンゴ」「サヤリンゴSTaGE」を開発・建造2019年(「武州丸」等)香焼工場を大島造船に譲渡。本工場は潜水艦・防衛艦に特化
川崎重工業 坂出工場モス型LNG運搬船で世界的パイオニア。1981年から建造2019年12月(「MARVEL PELICAN」)現在はLNG運搬船の新規受注なし

タンク技術の構造的優位性

LNG運搬船の建造には極低温タンク技術が不可欠であり、現在の市場は2つの方式に分かれる。

方式開発元特徴現在の主流度
メンブレン型GTT(仏、Euronext: GTT)金属薄膜をタンク内壁に貼る方式。積載効率が高い。 GTTのライセンスが必要主流(新造船の約95%)
モス型モスローゼンベルグ(ノルウェー)独立した球形タンク。スロッシングに強い少数派(日本の川崎重工が得意)

重要ポイント :現在のLNG運搬船市場は事実上、 フランスGTT社のメンブレン型タンク技術のライセンスがなければ参入できない 構造になっている。GTT社はLNG運搬船1隻あたりライセンス料を徴収しており、極めて高い収益性を誇る(時価総額約50億ユーロ)。

日本のLNG運搬船建造の歴史と断絶

かつての実績

日本はLNG運搬船建造の先駆者の一つだった。

年代出来事
1981年川崎重工坂出工場が欧米以外で初のLNG運搬船を建造
2000年代三菱重工・川崎重工が合わせて多数のLNG運搬船を建造。世界市場でシェアを持つ
2012年三菱重工が次世代型「さやえんどう」を開発・起工
2015年三菱重工がハイブリッド推進「サヤリンゴSTaGE」を日本郵船向けに2隻受注
2019年三菱重工が「武州丸」等を引き渡し。川崎重工が「MARVEL PELICAN」を引き渡し。 これが日本最後のLNG運搬船
2020年〜日本国内でのLNG運搬船建造がゼロに。中韓に完全にシェアを奪われる

なぜ日本は建造をやめたのか

日本海事新聞の記事が指摘する通り、複数の構造的要因がある。

  1. 価格競争力の喪失 :韓国造船所の大量建造によるコスト優位性に太刀打ちできなくなった
  2. 受注の途絶による技術・人材の散逸 :2019年以降6年以上建造がなく、当時の図面は使用不可、サプライチェーンも「崩壊に近い」
  3. 既存船種での業績好調 :バルクキャリアやコンテナ船など得意船種で十分な受注がある
  4. 設備の転用 :三菱重工の香焼工場は大島造船に譲渡され、長崎本工場は潜水艦建造に特化

再開のハードルの高さ

課題内容
図面2019年当時の図面はそのまま使えず、新規設計が必要
サプライチェーン極低温タンクの資材調達網・協力会社が6年で崩壊に近い
技能者LNG運搬船の溶接・据付に対応できる技能者が不足
採算性少なくとも1隻目は採算に合わず、市場価格より「かなり高額」になる
工場稼働への影響LNG運搬船建造を強行すると主力工場の「操業が半分止まる」との指摘
GTTライセンスメンブレン型を建造するにはGTT社とのライセンス契約が必要

日本の海運3社のLNG船発注動向

日本の海運大手3社はLNG運搬船の運用を大幅に拡大しているが、その建造先はほぼ全て 韓国の造船所 である。

日本郵船(9101)

項目データ
LNG船関与隻数(2023年9月末)85隻
目標(2027年度)120隻超
発注残(2023年9月末)35隻超(内定分含む)

主な発注先:

  • HD現代三湖重工業 :JERA向けLNG船(17.4万m³、2027年竣工)等を発注
  • HD現代中工業 :オーシャンイールドとの共同保有船4隻(シェニエール・エナジー向け長期用船、2028〜29年竣工)
  • かつては 三菱重工長崎造船所 で「サヤリンゴSTaGE」型を建造していた

商船三井(9104)

項目データ
LNG船関与隻数(2025年)約132〜138隻(発注残含む)
目標(2030年代初め)150隻
世界での地位LNG船で世界首位

主な発注先:

  • 韓華オーシャン(巨済島) :2025年竣工予定のメンブレン型(17.4万m³、全長294.9m)等
  • カタールエナジー向け新造LNG船6隻の長期契約

川崎汽船(9107)

項目データ
LNG船保有隻数(現在)46隻
目標(2031年初め)75隻

まとめ :日本の海運3社は合計で2029年初めまでにLNG船運用を 約47%拡大 する計画だが、新造船の建造先はほぼ韓国であり、日本の造船業にとっては自国の海運会社の需要さえ取り込めていない状況。

日本の建造再開に向けた動き

今治造船+JMU合併の衝撃

2026年1月、今治造船(非上場・国内最大の造船会社)がジャパンマリンユナイテッド(JMU)の子会社化を完了。合算で 国内シェア50%超、世界第4位 の造船グループが誕生した。

項目内容
合併後の規模世界第4位(中国船舶集団、HD現代グループ、韓華グループに次ぐ)
LNG船建造の検討今治造船・檜垣社長「検討している」、JMU・広瀬社長「FSを行っている」
候補工場大島造船所が取得した旧三菱重工 香焼工場 (長崎)。100万トン級ドック(990m×100m)を保有

香焼工場の位置づけ

旧三菱重工長崎造船所香焼工場は、かつて日本のLNG運搬船建造の中心だった。

  • 2022年に大島造船所(今治造船の関連会社)が三菱重工から取得
  • 国内最大の100万トン級ドック、1,200トン門型クレーンを保有
  • 現在はバルクキャリアの建造に使用されているが、一部設備は遊休状態
  • LNG運搬船建造に転用可能な施設が残存

政府の支援策の方向性

第2回造船WG(2026年3月19日)では以下が議論された。

  • 電力・海運関係者から「造船業再生基金以外も含めた広範な国の支援」を要求
  • 採算が合うまでの市場価格との 差額補助 の仕組みづくり
  • 船主側の 継続発注の約束 (1隻で終わらない前提)
  • 複数の造船会社による 共同建造 の可能性(個社の負担軽減)
  • 官民投資ロードマップ(工程表)の策定

建造再開の蓋然性評価

シナリオ蓋然性内容
今治+大島の香焼工場でメンブレン型建造再開中〜高政府支援と継続発注が前提。2029〜2030年頃に1番船の可能性
川崎重工のモス型建造再開モス型は市場で少数派。新規受注の見込みが立ちにくい
複数造船所の共同プロジェクト個社の負担軽減のため、日本海事新聞が可能性を指摘
韓国並みの価格競争力の獲得少なくとも数隻の建造経験を積まなければ採算ラインに乗らない

関連銘柄・テーマのまとめ

銘柄マップ

記事の結論に直結する銘柄だけに絞ると、焦点は「国内で再建造できる側」と「その需要を持つ側」に集約される。

(A) 日本の造船・重工(国内建造再開の中核)

企業名証券コード上場LNG運搬船との関係
三菱重工業7011東証プライムサヤリンゴSTaGE開発・建造実績。ただし香焼工場は譲渡済み。本工場は防衛艦に特化
川崎重工業7012東証プライムモス型LNG運搬船のパイオニア。坂出工場に建造能力を保持
今治造船非上場JMU子会社化で国内最大。LNG船建造再開を検討中。直接投資不可

注意 :LNG運搬船の国内建造再開で最も直接的な恩恵を受ける今治造船・大島造船所は 非上場 であり、株式市場で株式市場から直接のエクスポージャーを取りにくい。

(B) 日本の海運3社(需要を持つ発注者)

企業名証券コードLNG船規模方向性
日本郵船910185隻→120隻超韓国発注中心。三菱重工でも過去に建造
商船三井9104132隻→150隻世界首位。韓華オーシャンに発注
川崎汽船910746隻→75隻積極拡大中

海運3社は「発注者」の立場であり、国内建造再開が実現すれば発注先の選択肢が広がるメリットがあるが、コスト面では韓国発注の方が有利な状況が続く。

テーマ整理(参考)

論点評価
日本のLNG運搬船建造再開政府主導で検討中だが、実現は2029〜2030年以降。短期的な業績寄与は限定的
三菱重工・川崎重工国内建造再開の議論が進めば再評価余地があるが、受注の実現までは時間がかかる
日本の海運3社LNG船需要の拡大を直接取り込む主体。国内建造再開の議論では発注動向が重要
今治造船の動向非上場のため直接投資はできないが、日本の造船復権の成否を左右する中核プレーヤー

リスク要因

  • LNG需要の見通し変化 :再生可能エネルギーの急速な普及がLNG需要を抑制する可能性
  • 中東情勢の安定化 :ホルムズ海峡リスクが後退すればLNG輸送の安全保障議論も低下
  • 中国造船業の台頭 :韓国のシェアを侵食する可能性があり、日本の再参入余地がさらに狭まる
  • 為替リスク :円安が続けば日本の造船コストは相対的に低下するが、資材調達コストも上昇
  • 政府支援の不確実性 :補助金・差額補填の制度設計が遅れれば、造船会社の投資判断も遅延

参考情報

免責事項 :本資料は報道・ニュースを起点とした関連銘柄・業界の整理であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。売買の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。

本レポートは公開情報に基づく分析であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。

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